犬槙リサ遺稿集「新しい幸せ」の感想をお聞かせください
反映されるまでに少し時間がかかります。
みなさまからの評価
続きが読みたくなりました
声楽と浅草オペラがちょっと好きとお話ししたところ、編集を担当した古田さんに本書をご紹介いただき、前に買った浅草オペラアリア集を聴きながら読みました。
『役儀納め』の喜代乃が、お嬢様らしい激しさを露わにしつつも、両親の不和をひとりで抱え込み、最後まで強く堪え忍ぼうとしたところ、そばで見ていた執事の忠信が、藤家の使用人という立場を嫌がっていたのに喜代乃の身を案じ、最後に新宿まで探しにいってしまったところが、せつなく胸に響きました。喜代乃が『ニーベルンゲンの指輪』のジークムントとジークリンデの自由恋愛を理想としているという設定も、すごくキャラクターにぴったりでしっくり来ました。
新宿にオープンした『コンディトライ』は、ドイツ菓子の細かな描写もさることながら、和洋折衷の1章ラストシーンが本当に素敵で、翌年は果たしてどんなお店になっていくのだろうかとわくわくしました。
本のなかで繰り広げられる幻想の大正時代は、(おそらくは現実よりも)色鮮やかで歌声響く美しい世界のように思えました。設定の細やかさ、確かさと、時代に対する愛のなせるわざでしょう。
『コンディトライ』『大正オペラ座』の続きが読めないのが残念でなりません。本当に素敵な作品集を紹介していただきありがとうございました。
『新しい幸せ』に貪欲でいたい
紡がれる一つ一つの丁寧で奥深く細やかな描写によって、小説の中の時代背景、登場人物の人となりや心の機微を追体験するかのように、わたしの知り得ない世界へとあれよあれよと誘われていきました。
文章に触れ読み進めるうちに、自分の中の情操が刺激され、普段は顔を見せることのない眠っていた記憶や感情が呼び覚まされていくような不思議な感覚と同時に、ストーリーに飲み込まれていく面白さを久々に体感できた作品です。
表紙見開き冒頭にある『人生ってのが失っていくだけのものなら ・・・わたしはこれ以上、何も失いたくないんだなあ。最後の最後まで、たったひとつでも残った幸せを握りしめていたいし、出来れば幸せの数はもっと増やしたいと思ってる。こんなわたしでも新しい幸せを見つけるべきだと思うんだ。だから・・・書いたり創ったりする幸せを貯蓄しようとしてる』という著者の記述からは「幸せとは?生きることとは?」について改めて、考える機会をもちました。
人は誰しも、生まれてからあらゆる経験を通じて様々なものを得て、そして失いながら死にむかって歩みを進めるのでしょうが、たった今どんな状況、どんなバックボーンであったとしても「今この瞬間」から人生のひとこまをいかようにも生み出すことはできる、そして幸せの定義はそれぞれ違うけれど、生きている限り、どんなことがあってもわたしにとっての『新しい幸せ』にこれからも貪欲でいる。そのことを忘れないでいよう!と思わせてくれた意義深い作品との出逢いになりました。
最高に贅沢な物語
15年と短いながら、今も色褪せない様々な文化芸術を花開かせた大正時代を舞台に、人の心の動きを、細やかに、鮮やかに描き出しています。
ハイカラさん達がキラキラ闊歩した大正時代。時代のスポットライトを浴びて生きるハイカラさん達が光なら、影にいる人間もまた同じ大正という時代を生きていました。人間の弱さ脆さ、生きていく中で、どうにもならなくても生きるしかない姿を描き出す。西洋菓子が最高に贅沢だった時代を背景に、最高に贅沢な物語を収録した一冊です。
美しい
一目見て、美しいと思った。柔らかくも凛と咲く木蓮の花をあしらった、粋な表紙。頁を繰れば、これまた美しい言葉が連なり、生き生きと物語を創っている。犬槇氏が構築した世界はリアルだ。読み進めるにつれ、もしかしたらすべてが実在していたのではないか、と錯覚するほどだ。おそらく、氏が相当な知識と想像力を持っていたからだろう。物書きを趣味とする者として、羨ましいかぎりである。
作品の多くは大正時代を描いたものだが、なかに一編だけ、病院での一夜を綴った現代作品がある。一時的な病気で入院した主人公と長く臥せっている老人のやりとりに「命」を考えさせられた。ある意味、氏がもっとも伝えたいテーマなのかもしれない。
どの作品も犬槇氏らしい。何度読み返しても、そこそこに氏の想いがきらりと光る。文字通り、魂のこもった美しい作品なのである。
最後に収録された「大正オペラ座」は、第一章・第一幕のみだ。とても気になるところで終わっているので、いつかどこかで是非読ませて欲しい。それまで「新しい幸せ」を読んで我慢しようと思う。
描写の細かさ
収められている短編の時代背景の多くが大正であり、登場人物たちは10代からギリ20代の若者たちです。
大正時代というと第一次世界大戦が始まる一方、目まぐるしく文化が花開き、当時のまま残されたモダンなデザインの建築物の中に入ると現在でもそのロマンチックな雰囲気を味わうことが出来ます。
そんな物騒でもあり妖艶な時代を、著者はまるでタイムマシーンに乗って昨日見てきたかのように細部にわたって描写しています。よほど好きでなければここまで調べて書く事は無理、という濃さです。とくに「コンディトライ」では、洋菓子についてここまで細かく設定して書いた小説は他にはないだろうと思うほど。
時代設定描写の細かさに対し、登場人物たちのセリフはラフな口語調でいつの時代も変わらない若者像があります。
「役儀納め」で主人公たちが浅草に出掛ける場面では一気に瑞々しさが増し、堅苦しさから解放された二人の鮮やかなシーンが広がって行きます。